NDAは「情報を出してよい許可証」ではない
展示会や商談の前にNDAを結ぶと、社内に安心感が生まれます。
「秘密保持契約があるから、技術の中身まで説明してよい」「相手は大企業だから、きちんと管理してくれるはず」――こう考えたくなる気持ちはよく分かります。
しかし、NDAは、情報を何でも出してよいという許可証ではありません。NDAはあくまで、出した情報について相手方に一定の義務を負わせる契約です。情報を出すべきかどうか、どこまで出すべきかは、NDAとは別に判断する必要があります。
また、NDAを結んでいても、一度出しすぎた情報は戻ってきません。NDAを結ぶ前に見せた情報は、保護が難しくなることもあります。そもそも、不特定多数が来場する展示会では、来場者全員とNDAを結ぶことは現実的ではありません。
大切なのは、「NDAを結んだかどうか」ではなく、「誰に、何を、どの段階で、どこまで出すか」を事前に決めておくことです。
展示会で「秘密情報」は守りにくい
展示会は、来場者全員の身元を確認することが難しい、基本的に公開の場です。競合他社の担当者が来ることも、写真を撮られることも、SNSで紹介されることもあります。
そのため、展示会に出すものは、公開されてもよい情報に加工してから出すという考え方が必要です。具体的には次のような切り分けが重要です。
- 内部構造や製造条件は出さず、効果・用途・導入メリットを中心に説明する
- 試作品を展示する場合は、内部が見える状態になっていないか、競争力の源泉が外観から分かってしまわないかを事前に確認する
- 詳細な質問には「個別商談でご説明します」と案内する
展示会前には、担当者が口頭で話してよい範囲も明確にしておくことが重要です。「仕組みはどうなっているのか」「量産時はどのように作るのか」といった質問を受けたとき、担当者がその場で詳しく答えすぎてしまうことはよくあります。展示会前に「その場で答えてよい質問」と「個別商談に回す質問」を整理しておくだけで、現場の判断ブレを大きく減らせます。
商談では「段階的に出す」設計を
展示会後の個別商談では、情報を段階的に出す発想が重要です。相手の関心度や商談の進捗に応じて、出す情報の範囲を絞ることが、情報管理と商談推進の両立につながります。
第1段階(概要説明)
製品・サービスの概要、解決できる課題、大まかな費用感で足りることがほとんどです。製造条件や詳細技術資料、未公開の改良案まで出す必要はありません。
第2段階(技術評価)
詳細仕様やサンプル、テスト結果を求められることがあります。この段階でNDAを結び、かつ出す情報の範囲を評価に必要な限度に絞ります。「NDAを結んだから全部出す」ではなく、「評価に必要な範囲だけ出す」という考え方が基本です。
第3段階(共同開発・量産・代理店化)
この段階に進むと、NDAだけでは足りなくなります。試作品の貸出条件、評価結果の利用範囲、改良提案の帰属、類似製品の取扱いの可否、取引不成立時の情報返却など、判断すべき事項が一気に増えます。評価契約、共同検討の覚書、共同開発契約、販売代理店契約など、事業の段階に応じた契約が必要です。NDAは入口の契約であり、ゴールではありません。
試作品の貸出しは、資料送付より慎重に
商談が進むと、試作品やサンプルの提供を求められることがあります。試作品を使ってもらうことは導入検討を進めるうえで効果的ですが、資料の送付とは異なるリスクがあります。
試作品からは、構造・素材・加工方法が推測されることがあります。返却されても、写真や測定データが相手方に残る可能性があります。試作品の貸出しにあたっては、少なくとも次の点を事前に確認しておく必要があります。
- 貸与なのか、譲渡なのか
- 分解・解析・複製・写真撮影を認めるのか
- 使用目的と使用期間をどう限定するか
- 評価結果を誰がどの範囲で使えるのか
- 返却・廃棄の確認方法
NDAがある場合でも、試作品については別途、貸出条件を簡単な書面で確認しておくことが望まれます。
公開前に確認したい4つのポイント
展示会や商談の前に、少なくとも次の4点を確認しておきましょう。
① 公開の場か、限定開示の場か
展示会・Web掲載・SNS投稿は公開に近い場面です。個別商談や技術評価は限定開示の場です。公開の場では秘密情報を出さない。限定開示の場では契約と記録で管理する。この区別が出発点です。
② その情報は今出す必要があるか
相手から求められたからといって、すぐに全部出す必要はありません。「今の商談段階で必要か」「次の段階で出せば足りるか」「NDA後に限定すべきか」を都度判断します。
③ 資料は相手と目的に合わせて分かれているか
社内資料をそのまま外部に渡すのは危険です。社内向けには原価・弱点・未公開計画など、外部に出すべきでない情報が含まれていることがあります。顧客向け・代理店向け・技術評価向け・製造委託向けと、相手に応じた資料を用意することが基本です。
④ NDA以外の契約が必要な段階ではないか
試作品を貸すなら貸出条件、評価を依頼するなら評価条件、製造を任せるなら仕様・品質・情報管理の取り決め。事業の段階が進むにつれ、必要な契約も変わります。
まとめ
展示会や商談は、事業を前に進めるための重要な場面であると同時に、自社の重要情報が外部に出る場面でもあります。
NDAは重要です。しかし、NDAを結んだことで安心してしまうと、情報の出しすぎ、資料の管理不足、試作品からの情報漏えいという問題が後から表面化します。
重要なのは、NDAを結ぶかどうかの前に、「誰に、何を、どの段階で、どこまで出すか」という開示設計を社内で決めておくことです。
この設計があれば、営業担当者・技術担当者・経営者が同じ認識で商談に臨めます。現場での判断ブレを防ぎ、情報の出しすぎも、逆に相手への不信感も避けやすくなります。
知財・契約のトラブルは、展示会の準備、初回商談、資料送付、試作品貸出しといった事業の入口で芽が生まれていることがほとんどです。公開前に一度立ち止まり、情報の出し方そのものを見直しておくことが、後のトラブルを大きく減らすことにつながります。まずは自社の直近の展示会や商談を振り返り、どこまで情報を出していたかを点検することから始めてみてください。
本記事は、「中小企業のための知財戦略・最初の5ステップ」シリーズの関連記事です。第1回(知財の棚卸し)、第2回(販売・展示・商談前の知財判断)もあわせてご参照ください。
本記事の内容は、下記の動画でも解説しています。

