前回までの記事では、原作をもとに作られた作品(二次的著作物)について、原作者の権利も確認する必要があることを取り上げました。今回は、別の角度から著作者性が問題になる場面を取り上げます。
一冊の本を作る過程で、取材を受けて体験を語った人と、それを文章にまとめたライターがいる場合、どちらが著作者なのでしょうか。この問題を考えるうえで参考になるのが、「運命の顔」事件(東京地判平成20年 2月15日)です。
1 どのような事件だったのか
「運命の顔」は、顔面に疾患を抱える医学博士・看護師(以下「被告B」)の自叙伝として、2003年に発行された書籍です。
制作過程は次のとおりでした。①ライター(原告)が被告Bを繰り返し取材・録音する、②原告がその取材結果をもとに——逐語的な書き起こしではなく——内容を取捨選択し、構成を組み立て直し、表現を工夫して原稿を執筆する、③被告Bが原稿を確認し、加筆・削除・変更の指摘を行う、④原告がその指摘を反映して修正する——この繰り返しで完成しました。
書籍の奥付には、著者として被告Bの氏名が、「構成」として原告の氏名が記載されました。この「構成」という表示は、原告が自ら申し出たものでした。
その後、被告Bが子ども向け別書籍を発行しました。この子供向け書籍には、元の書籍の表現が少なくとも156か所にわたって引き写されていました。原告は、元の書籍は自分との共同著作物であるにもかかわらず、同意なく元書籍の表現を利用されたとして著作権侵害等を主張しました。
裁判所は、元の書籍を原告と被告Bの共同著作物と認定し、原告の著作権侵害の主張を認め、損害賠償・差止め・在庫廃棄を命じました。
2 「本人の体験だから本人だけの著作物」とは限らない
自叙伝や人物伝では、素材となる事実・体験・感情は本人に由来します。そのため、「本人の人生を語った本だから著作者は本人だけ」「ライターは話を聞いて文章にしただけ」と考えがちです。
しかし裁判所はそのように判断をしませんでした。裁判所は、原告(ライター)が単に口述をそのまま書き起こしただけではなく、取材結果をもとに内容を取捨選択し、順序や構成を組み立て直し、表現を工夫していた点を重視しました。
一方、被告Bについても、自分の体験・思想・心情を詳細に語り、原稿の確認と加筆・削除・変更の指摘を繰り返していたことから、書籍の文章表現の創作に関与したと認定しました。
裁判所は、書籍の文章表現について、このように、原告と被告Bの双方が創作に関与しているとして、それぞれの寄与を分離して個別に利用することはできないとして、共同著作物(著作権法第2条第1項第12号)に該当すると判断しました。
著作権法が保護するのは「表現」です。素材を提供したかどうかだけでなく、最終的な著作物の「表現」に対して誰が創作的に関与したかが、著作者性の判断のポイントとなります。
3 「構成」という表示でも安心できない
この事件では、元の書籍の奥付に「著者」と「構成」という異なる表示が使われていました。しかし裁判所は、肩書表示だけで著作者性を否定することはしませんでした。実際の制作過程を検討し、ライターがどのように取材し、原稿を書き、どの程度表現を作り込んだか、その関与を検討し、判断しています。
これは出版の世界に限りません。Web記事・企業広報・インタビュー記事・採用コンテンツ・代表者メッセージ・社史・記念誌・研修教材などでも同様の問題が生じ得ます。「取材・構成」「編集協力」「ライティング」「監修」など表示はさまざまですが、表示名だけで権利関係が決まるわけではありません。
ライターが文章表現を創作していれば著作者と評価される可能性があります。逆に、本人が細部まで文章を作成し、ライターが形式的な整理しかしていないのであれば、ライターの創作的関与は限定的と評価される可能性もあります。表示ではなく実態が問われます。
4 キャンディ・キャンディ事件との違い
前回のキャンディ・キャンディ事件は、原作原稿をもとに漫画(二次的著作物)を作るという二段階の作業でした。「運命の顔」事件は、これとは構造が異なります。運命の顔事件で問われたのは、元の書籍そのものが共同著作物かどうかという点です——同じ題材を扱う一冊の書籍を複数人が共同して作った場合の権利関係です。
もちろん、この事件でも後から作られた子ども向け書籍については元の書籍の複製・翻案が問題になっています。しかし、この複製・翻案行為が、ライターの権利を侵害したかという判断においては、元の書籍についてライターがどのような権利を有しているかが問題となったのです。
5 共同著作物になると、後の利用が簡単ではなくなる
共同著作物と判断されると、著作権は共有になります。共同著作者の一人が、他の共同著作者の同意なく自由に利用できるとは限りません(著作権法第65条第2項)。
この事件でも、被告Bは後に子ども向け別書籍を発行したのですが、元の書籍の表現を156か所以上引き写していたため、共同著作者であるライターの権利を侵害したと認定されました。「自分の体験をもとにした本だから自由に使える」「自分の名前で出した本だから問題ない」「子ども向けに書き直しただけ」とは限らないのです。
一度ライターと共同で書籍として完成させた場合、その表現を後のWeb記事・講演資料・教材・パンフレット・別書籍などに流用すると、ライターの権利が問題になる可能性があります。
6 企業実務で注意すべきこと
この問題は出版の世界だけでなく、企業実務にも直接関係します。
外部ライターへの依頼で特に注意が必要な場面
- 社長の半生をもとにした創業ストーリーをライターが作成する
- 社員インタビューをもとに採用サイトの記事を作る
- 顧客事例を取材してホワイトペーパーを作る
- 専門家の話をもとに研修教材を作る
- 自治体・団体の活動記録を外部編集者がまとめる
このような場合、依頼者は「話した人が主役」「費用を払った会社のものだ」と考えがちです。しかし、外部ライターや編集者が文章表現・構成・取捨選択・ストーリー展開などに創作的に関与していれば、権利関係は単純ではありません。
後の再利用で問題が起きやすい
最初は社内用パンフレットとして作ったものを、後にWeb記事・動画・研修資料・営業資料・書籍として再利用する場合には特に注意が必要です。最初の依頼時に後日の利用範囲まで合意していなければ、「その利用は契約に含まれていない」と争われる可能性があります。
著作者人格権の問題も残る
この事件では、別書籍にライターの氏名が表示されなかったことから、氏名表示権・同一性保持権の侵害も問題になりました。著作権の譲渡や利用許諾をしていても著作者人格権の問題が残ることがあります。契約では著作者人格権の不行使条項や氏名表示の扱いについても検討が必要です。
まとめ
「運命の顔」事件から実務上学ぶべきことは、次の3点です。
第一に、取材対象者とライターの役割を事前に明確にしておくことです。ライターが「逐語的な書き起こし」にとどまるのか、構成・表現の創作まで行うのか。この違いが後の著作者性の判断に影響します。
第二に、著作権の帰属と利用範囲を契約で明確にしておくことです。書籍・Web記事・会社案内・社史・採用コンテンツ・研修教材などでは、最初の利用だけでなく後の再利用(電子化・動画化・別媒体転載など)まで合意しておく必要があります。
第三に、「表示名」だけで著作者性を判断しないことです。「構成」「編集協力」「監修」という表示があっても、実際の創作的関与の内容が問われます。
次回予告
次回は、共同著作物とは何か、どのような要件が必要かを、著作権法の条文に即して整理します。「運命の顔」事件を含む裁判例を踏まえながら、素材提供・アイデア提供・助言・監修・編集協力が、どのような場合に著作者性につながり、どのような場合につながらないのかを解説します。
この記事の内容は、下記の動画でも扱っています。

